本誌2023年4月号で、歴史家の色川大吉さんの晩年を支え、亡くなる直前に婚姻届を提出した経緯を綴った上野千鶴子さん。一番近くでその死を見届け、〈後期高齢者〉となった今、自分のお金を生前に活かして使う取り組みを始めました(構成=篠藤ゆり 撮影=本社・奥西義和)
《問題患者》が在宅を希望して
2021年秋、山梨県北杜市にある八ヶ岳南麓の山の家で、〈おひとりさま〉の男性を見送りました。民衆史を提唱し、水俣の環境汚染問題などにも取り組んだ、歴史家の色川大吉さんです。享年96。私は色川さんが車椅子生活に入ってから亡くなるまでの3年半、介護を取り仕切るキーパーソンを務めました。
色川さんは70歳の時、退職金をつぎ込んで大好きな八ヶ岳の山麓に山荘を建て、ひとり暮らしを開始。私はその隣に書庫兼仕事場を建て隣人となりました。
2016年、色川さんは室内で転倒して大腿骨を骨折。医師は入院手術を勧めましたが、本人は病院が嫌いなため、入院したくないと頑なに言い張りました。以前、がんで入院手術した際も、点滴を自分でブチッと抜いて看護師さんたちを大慌てさせた〈問題患者〉です。何をしでかすかわかりません。
医師から「手術しないと寝たきりになるかもしれませんよ」と脅されましたが、「かまいません」。本人がそう言うなら、家にいてもらおうと、私も同意しました。
友人の整形外科の医師からも、「これは賭けですね」と──。ところが1年後、色川さんは驚異的な回復力を見せ、歩行器で移動できるようになったのです。医師は「上野さん、賭けに勝ちましたね」と言ってくれました。