なにかからの卒業

わたしは、パフェの中でも痩せそうなヨーグルトのパフェをいただきながら、友人と「歳とったよね」話に花を咲かせた。

元々は娘が乳児の頃のママ友だったが、子ども同士のつき合いも減り、女同士で話せる関係になってきて、気が楽になった。そういえば娘の小学校の卒業式で、わたしは泣いた。

娘の成長した袴姿に泣いたのではなく、わたしは頑張ってきた自分に泣いた。中学に入ると様々な人たちとの関係性がだいぶ薄めになる、ああ、わたしは娘の親としてこんなにだらしないのによく頑張ってきた。

だらしのなさはバレてないと思いきやバレることもあり平身低頭で謝った、それも立派だよ。

慣れないこと、これでも頑張った。

涙が流れた。

わたしがなにかから卒業できたのだ。

※本稿は、『50歳。はじまりの音しか聞こえない 青木さやかの「反省道」』(世界文化社)の一部を再編集したものです。

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50歳。はじまりの音しか聞こえない 青木さやかの「反省道」』(著:青木さやか/世界文化社)

話題作『母』の刊行から2年。
50歳になった青木さやかが、等身大の自分を率直に綴った書き下ろしエッセイ集。