老いと上手に付き合っていくには

私は医者という職業柄、人前に出るときは地味な色の服ばかり着ていました。それが8年ほど前、いつもスーツを仕立ててくれる洋服屋さんが「筋トレで体がすっきりしてきたから、白のスーツも似合うと思いますよ」とすすめてくれたのです。

初めは照れ臭かったけれど、意外と周りには好評で、不思議と気持ちも元気になった。それからはスーツの下に明るい色のシャツを着たり、ピンクのブレザーや点字柄のスーツなど、遊び心のある服に挑戦したりして楽しんでいます。

「年甲斐もなく」と言われるかもしれませんが、逆に70歳を過ぎたら誰にどう思われたって関係ない(笑)。もちろん失敗もありますが、恐れずチャレンジできるのも「老いの特権」じゃないかと前向きに捉えているのです。

「あなたは自分が何歳だと感じていますか」という質問に対して、実年齢より若く答えた人ほど、日常生活動作の機能低下がゆっくりである――。これはドイツ老年医学センターの研究結果です。実際の年齢を忘れたほうが老け込まずに済むのだと、医学的にも証明されている。

年齢という数字だけでなく、病院で測る検査の数値にも、あまり振り回されないほうがいいと私は考えています。たとえばコレステロール値は、低すぎると死亡率が上がってしまうというデータがありますが、とくに70歳以上であれば、少しコレステロール値が高い「ちょいコレ」を心配する必要はありません。

悪いデータを見せられて「自分はもうダメだ」と落ち込むのではなく、少しずつ生活習慣を改善しながら「この数値なら大丈夫」と折り合いをつけて、自分の楽しみもあきらめない。それが、長い人生を幸福に生きることにつながるのではないでしょうか。

ただ、長く生きていると別れの機会も増えます。家族に先立たれてひとりになる、外出が難しくなった友人と会えなくなる。ひとりの時間が増えるそのときに備えて、少しずつウォーミングアップを始めるのがおすすめです。私はそれを、「ソロ立ち」と名づけました。

たとえば夫婦で京都旅行をするとき、新幹線を降りたら夫はお寺巡り、妻はショッピングと別々に行動してみる。ランチで一度合流したら、午後はまた別行動。そんな楽しみ方もあるでしょう。映画館にひとりで出かけるのもいいですね。

友人と一緒に行く場合、お互いに遠慮して無難な作品を選びがちではありませんか? 本当に観たい映画を選べたら、「あら、私って実はこういうジャンルが好きなんだ」と新しい自分を見つけたり、自分の価値観を再確認できたりするかもしれません。

ひとりの時間は、自分の考えで判断して行動するという「自己決定」の訓練になります。この自己決定ができるようになると精神的に自立し、物理的に誰かと一緒にいなくても充実した時間を過ごすことができる。そういう人は、人生の最終局面でもオロオロしません。どのような医療を受け、どんな最期を迎えたいかを自分らしく選び、それに満足できるからです。

自分の人生を肯定的に捉え、最後に「ありがとう」と「さようなら」をきちんと言うためにも、先のことばかり心配してクヨクヨしていてはもったいない。前向きに今を楽しんでいこうではありませんか。