日本競馬のいちばんしあわせな日

午後3時25分。4年前にあたらしくなったファンファーレが鳴りオグリキャップ最後のレースは静かにはじまった。予想どおりにオサイチジョージが先頭を奪うとゆっくりと最初の4コーナーをまわる。1周めのスタンド前では遅い流れと大歓声にリズムを乱す馬もいたが、オグリキャップは中団の外を走って行く。そのまま大きな動きもなく、馬たちは1、2コーナーをまわっていく。ペースはひどく遅かった。

スタンドを埋めたファンがざわざわしだしたのは向こう正面をすぎたあたりだったろうか。「オグリだ!」と友人が言う。「いい感じだ」。うまく流れに乗っていたオグリキャップが外から差を詰めていくのがターフビジョンで確認できた。見慣れた勝負服と芦毛がターフビジョンに映るたびにどよめきが起き、それがしだいに大きくなっていく。

そして、高橋源一郎が予想したように、2周めの3コーナーをまわったところでオグリキャップが先頭に並びかけていった。

わたしはそのあたりからレースの記憶がない。ターフビジョンの映像が上下に揺れていた。それを見る目も曇り、なにがなんだかわからなくなり、気がついたときには友人と一緒にオグリオグリと叫んでいた。

武豊を背にしたオグリキャップがスタンド前に戻ってくると、うねるようなオグリコールが幾重にも重なり、スタンドをつつんでいく。馬券を取った人も負けた人も、だれもが飛び跳ね、新聞を振りあげ、声のかぎりにオグリオグリと叫んでいた。“スポ根”映画のラストシーンのようなことが現実におきたとき、そしてそれを目の当たりにしたとき、人は舞いあがりおかしくなる。

あの日、1990年12月23日は「日本競馬のいちばんしあわせな日」だった――。

狂騒の渦のなかで声をあげていたひとりとして思う。

※本稿は、『オグリキャップ 日本でいちばん愛された馬』(講談社)の一部を再編集したものです。

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