幼子のように無邪気な母の横顔を見るにつけ、父のためにいつも小綺麗にして、来客をあたたかくもてなしていた姿や、私の結婚に反対する父を説得してくれた懐の深さを思い出し、言いようのない悲しみが込み上げた。

当時はまだ、母のような症状は世間の認知度も低く、人に知られてはならないという雰囲気があったのは確かだ。でも、家族のことをなぜ恥じなければならなかったのだろうか。

肩書とつまらないプライドを守りたいがために、日一日と母の症状を進行させていることを父は理解せず、家族の苦しみも直視しない。他人は裁けても、自分には正しい判断が下せない父を私は心底持て余していた。

物を投げるなど、母に暴力行動が出てきたのもその頃で、暴れる母に父が泣きながら手をあげる姿を私は初めて見た。

夫が割って入り、痛い目にあいながらも「パパは大丈夫!」と娘の前でおどけてみせる。私は心の中で夫に手を合わせながら、こんな状況になってもまだ世間体を気にして、母を病院へ連れて行こうとしない父に憤りを感じていた。