5年越しでわかった若年性アルツハイマー
数ヵ月後、私たち夫婦は母を連れ出して精神科を訪れた。母の様子が変わってしまってから5年、もう父の同意など待っていられない。病院で検査した結果、「若年性アルツハイマー」という診断が下った。
やはりそうだったかと納得しながらも、「もう少し早く診せていただけていたら、薬で進行を遅らせることもできたのですが……」と残念そうに話す先生の言葉にひどく落胆した。もう二度と以前の母は戻ってこないのだ。私はこのときほど過ぎた時間を悔やんだことはない。
ある診察の日のこと、先生が「今日は娘さんといらしたのですね?」と質問すると、「いいえ、妹です。私に子どもはいません」と答える母。私は聞き間違いかと驚いて母を見た。確かに母には離れて暮らす妹がいるが、もう何年も会っていない。
ほかにも、「ご主人はいらっしゃるのですね?」との問いに、「結婚などしていません!」とムッとした表情をする。母のなかにはもう父も私も存在していないのだ。私はめまいを覚え、診察室をいったん出ようとすると先生から呼びかけられた。
「おつらいでしょう。でも、受け入れてあげてください。否定はしないでくださいね」
それが、今の状態を少しでも長く維持する方法なのだと。傷つけられることや理不尽なことを恐れていては、介護は成り立たないのだろう。
父もまた、身も心も限界を迎えていた。心筋梗塞と腎不全を患い、人工透析を受け、入退院を繰り返しながらも気力のみで出廷していく。仕事だけが唯一、自分を保てる場所だったのかもしれない。
1年後、母のことは一言も口にせず、父は静かに逝った。枕元に残されたノートには、母に手をあげた日に「申し訳ない。一生悔やまれる」の一文が。父は父なりに、人に言えない悲しみや苦しみを抱いて生きていたのだ。心の余裕がなく、父の思いをわかってあげられずにいたことを悔やむしかなかった。
母はそれから8年間の入院生活を送り、天に召された。若き日に職場で出会い、仲睦まじかったふたり。天国で再会し、幸せな日々を送ってほしいと祈るばかりである。