借金が即貧困ではない
江戸時代には、多くの百姓が日常的に借金することで経営を成り立たせていた。今日のように銀行などの金融機関はなかったから、村内外の富裕農民や質屋から借りたのである。しかし、借金が即貧困ではない(今日の住宅ローンや教育ローンを想起してほしい)。
そして、貸し手も借り手も同じ村人であることが多かったから、お互いの経済事情はよくわかっていた。
顔見知りの村人から頼まれれば多少無理してでも金を融通したし、本当に返済が困難なときには返済を猶予したり、返済条件を緩和したりもした。金融関係は、ドライな契約関係ではなく、そこでは借り手の生活を破綻させてはならないというのが基本原則だった。そうした借り手保護のための工夫の一つが、無年季的質地請戻し慣行だったのである。
この慣行が、年貢上納のために借金した百姓が没落するのを防ぐ役割を果たした。民間で生まれた江戸時代特有の金融慣行が、年貢皆済と百姓の経営維持を下支えしていた。
※本稿は、『年貢-せめぎ合う江戸時代の領主と百姓』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『年貢-せめぎ合う江戸時代の領主と百姓』(著:渡辺尚志/中央公論新社)
江戸時代、税の中核は年貢だった。
大名領が石高で表されるように、年貢は社会全体のありようまで規定していた。
だが、その実体はあまり知られていない。
年貢の成立から終焉までを巨細に解説する。




