故・高橋英世教授
ぼくが最初に仕えた故・高橋英世教授は、学者というよりも、ザ・外科医という感じの人だった。ぼくは6年間のお付き合いだったが、高橋先生は小児がんの手術だけをしていた。その手術はスピーディーで、どんな局面になっても一切動じることがなく、豪胆な精神力が見て取れた。また先生の小児がん手術は、手術時間が短いことで全国的に知られており、東大の小児外科の教授が見学に来たこともあった。
成人外科のがんの手術というのは、「がん」を摘出しないって知っていますか? え、意味不明? たとえば胃がん。胃がんの手術で摘出するのは「がん」ではなく、「胃」である。がんは胃の粘膜面にあるので、がんを取るのではなく、胃を取って、無くなった部分を小腸で補うのである。
一方、小児外科医の行う神経芽腫の手術は、臓器を取る手術ではない。神経芽腫は(多くの場合)副腎から発生する。副腎は後腹膜にある。腹を開けて、腸をどかし、お腹の一番奥にある(言ってみれば背中側の)後腹膜に覆われているのが副腎である。
ここから発生した神経芽腫は大きく広がっているので、腹部大動脈や腹腔動脈や腎動脈に絡みついている。こうした大事な動脈に傷をつけたら大量出血になるし、この動脈が血液を送っている臓器が壊死してしまう。したがって神経芽腫を、周囲の血管を傷つけずに剥がすのは極めて難しい。成人の外科とは全然異なる手術をしているのだ。
手術というのは出血のないように時間をかけて丁寧にやればいいのかというと、それも違う。術中はジワジワと剥がした場所から少しずつ出血する。だから手術時間が短い方が結局はトータルの出血量が少ない。
