ただ、とにかく不器用で、新しいものを教わると、ほかの子はみんなできるのに私一人だけできませんでした。でも、そこで、「自分はできないからダメだ」とはなぜか思わなかった。というのも、家に帰って何度も何度も練習すると、必ずできるようになるからです。

やればできるということがわかって、バレエがますます好きになりました。両親が私をほかの子とは比べず、できたときに「がんばったね」とほめてくれたことも大きかったように思います。

その後、葉室先生が「洋子ちゃんは本格的にクラシックバレエをやったほうがいい」と連れて行ってくださったのが、かつてロシアのバレエ団で活躍された洲和(すわ)みち子先生のお教室でした。

洲和先生はとても厳しく、常にトウシューズで立っていることを求め、痛みでバランスを崩すと「この根性なし!」と、はたきの棒でビシッ! 先生の指示に対して返事がちょっとでも遅れると、「そんなの返事じゃない」とビシッ!

今の時代なら考えられないけれども、本気で指導してくださったあの気迫は忘れられません。バレエの動きよりもまず、向き合う心を教えていただきました。今も、稽古中の演出家の指導に「ハイッ、ハイッ」と誰よりも早く返事するのは私です。