50代はいろいろと面倒くさいことが度重なり、体調不良になったり、身内に激怒したりと、結構、わずらわしかったのだけれど、60代になったら、50代のときよりも体調が安定して、平穏な日々になった。
50代のときに、さまざまな問題に対して爆発し、その結果、自分のなかでけりをつけたので、ほっとしたこともあると思う。
ただあれこれ忘れるのが顕著になってきたのが、自分では恐ろしかった。たとえば、ある物が必要になって、隣の部屋に行ったはいいが、ふと足が止まり、
「探しに来たのは何だっけ」
と考える。たかだか10歩ほど歩いただけなのに、記憶が頭の中から消えていくのである。呆然(ぼうぜん)とたたずみながら記憶をたどると、
「ああ、そうだった。あの本だった」
と思い出して、ほっと胸を撫で下ろすのだが、そういったことが度重なると、
「あんた、大丈夫?」
と自分に問いかけたくなるのだった。実際に忘れたことはないが、荷物が二つになると、そのうちの一つをどこかに忘れそうになる。
周囲から、電車やタクシーに忘れ物をしたという話をよく聞くようになったので、これは気をつけなければと緊張していたせいか、忘れ物はしないですんだ。なぜ忘れ物をしないかというと、手に持ったものは絶対に手放さないようにしたからである。
ついどこかに置いてしまったら、絶対に忘れる。なのでいつも荷物が増えると、バッグと紙袋をがしっと握って、体から離さないことにした。これでは忘れようがない。これで忘れたら相当まずいのである。
