まだ私が実家にいる頃、母親がテレビを観みながら、「へえ、ふーん、そうなのねえ」とか、「あーら、それは知らなかったわ」などと、テレビと会話をしているのを見て、

(いったい何をやっているのやら)

と呆れていたのだが、ふと気がつくと自分もそうなっていた。テレビを観ていて笑ったりすることは誰にでもあるだろうが、何か変なことをいう人がいると、

「何いってんの? あんた」

と文句をいい、

「ふざけるんじゃないよ、まったく。そんなことをいってるから、だめなんだ」

と画面に向かって怒る。もういわずにおれないのである。ついでにネコに、

「ねえ、そうだよね」

と同意を求めても、ネコはちらりとこちらを見て、私は関係ありませんという表情になっている。ネコも内心、どうしてテレビに向かって怒っているのかと、呆れていたのかもしれない。

 

※本稿は、『この家に生まれたことが失敗だった?』(群ようこ:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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『この家に生まれたことが失敗だった?』(著:群ようこ/KADOKAWA)

――お金に仕事、家庭運。考えてみれば70年、しでかしたりやられたりだった。

小説家・群ようこさんが綴る、家族、仕事、お金、そして70年の人生。
群さんならではの、ユーモアと温かな視点で軽妙に綴ったエッセイには、思わず共感し、心がふっと軽くなるエピソードが詰まっています。