「彫刻に関しては根拠なく〈これは、いつかできるようになる〉と思えたんです」

最終目標だったはずの楠木正成公

先生は10代から厳しい師匠に鍛え上げられた方。腕もさることながら知識のレベルも凄くて、教わったことはすべて「目から鱗」でした。木彫刻の世界では、やすりを使ってはいけない、ですとか。丸く見える面も、幅1ミリもない刃で同じ向きに彫っていって滑らかにしていく。

自分では完成させたつもりの作品を先生に持っていったら、「はい、ではここから仕上げをして行きましょう!」と言われて愕然としたこともあります。(笑)

でも、彫刻に関しては根拠なく「これは、いつかできるようになる」と思えたんです。僕はもともと得意不得意がはっきりしている。歌に関しても、コンクールで優勝する前から自信がありました。でも彫刻に出会うまでは、歌以外には目がいかない人間で、なんだったら仕事も音楽、趣味も音楽。余暇も音楽に費やしていました。なぜだか少しの隙間に彫刻が入り込んできたわけです。

今回二科展に出品した「楠木正成公像」は、皇居前にあるブロンズ像を参考に作ろうと、いろんな角度から写真を撮ってお手本にしました。関先生にお会いした最初の頃に「何を一番彫りたいですか?」と聞かれて、「高村光雲という彫刻家が好きなので、その代表作である楠木正成公をいつかは彫ってみたいです」とお話していて。

そして僕は、楠木正成公を「桜」で彫りたかった。桜というのは硬くて彫りにくい木材なのですが、色が美しく、独特の艶を持っています。質のいい60センチ角の大きな桜材を見つけるのはなかなか難しいものなので、「もし良いものがあったら教えてください」と先生に相談していました。それが思いのほか早く見つかってしまったんです。

僕にとって最終目標だったはずの楠木正成公ですが、頭の中に構想があるし、木材も手元にあることだし、早く彫りたくて仕方なくなってしまった。