1分にも満たない短い時間、でも十分だった

その日は11月にしては暖かい日だった。
おかげで父の体調もいつもより良く、無事結婚式に出席することができた。
緊張でお互い言葉を発しないまま、ついにその時が来た。
チャペルの扉が開き、パイプオルガンの音色が聴こえてくる。
骨ばった父の腕に手を添え、一歩、また一歩足を進めるごとに私は心の中で父に語りかけた。

「お父さん、緊張してる?」
「みんなに注目されるの嫌だったかな」
「私の我儘につきあってくれてありがとね」
「こうして隣を歩くの初めてなんだよ」
「お父さんの腕、こんなに細くなってたんだね」
「今ふらついたね、大丈夫?」
「ああ、もうすぐ終わりだね」
時間にすれば1分にも満たない短い時間だったが、十分だった。

次の日改めて父にお礼のメールをすると、
「バージンロードを歩かせてくれてありがとう」
と返ってきた。

我儘を言ってよかった
気持ちを知ることができてよかった
隣を歩けてよかった
お父さんの子でよかった


第13回 リリー・オンコロジー・オン・キャンバス
がんと生きる、わたしの物語。コンテスト 受賞作品一覧

・絵画部門最優秀賞『きらきらゆらゆら悔いなく自分らしく
・絵画部門優秀賞『おかあさん ありがとう
・絵画部門入選『再生した私
・絵画部門入選『また逢う日まで
・写真部門最優秀賞『焼きおむすび

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