絶望の淵に立ち、人生で初めて弱音を吐いた日
私のような年齢で頸髄(けいずい)硬膜外血腫を患った場合、完全にもとの状態に戻れない可能性があるとのことだった。もう歩けないだろうと。
とにかく手足が動かない。痺れと痛みがひどい。
2020年6月、世の中では外出自粛が叫ばれていたようだが、私は外出したくてもできなかった。身体に力がまったく入らず、ステイホームせざるを得なかったのだ。
子どもの頃から野山を駆けずり回るのが好きで、大人になると《冒険家》と名乗り、世界の山々に登り、雪の上をスキーで滑ってきた。そんな私が、人生で最悪のコンディションに陥った。
手術後、私は妻に激励されると、このように答えた。「頑張りようがないんだ」。確かにそれは本音だった。身体が思うように動かないことで「頑張りようがない」という言葉が出てきたのだ。だが、ネガティブな気持ちでいた期間は短かった。
少し時間が経って、微かではあるが最悪の状態を脱した感じがした。回復の兆しを実感したのだ。この小さな小さな一歩が力に変わってきた。自分のなかに芽生えた、「ここからまた前進したい」という思いがゆっくりと成長していく、そのような状態だった